top of page

人工八咫烏

[745/08/11]

 

 研究員ら45名全員が死亡し、施設そのものも半壊したにも関わらず、かの騒動がニューヨークで報道されることはおろか、 俗衆一人の耳にも入ることがなかったのは、その名もなき施設が、限られた少数にしか立ち入ることの許されていない下層禁足地にあったからである。研究員らを殺害し施設を逃げ出したのは、受精の段階から人の手を加えられ、その時に至るまでの人生の殆どを培養槽の中か、作業台の上で過ごしてきた一人の少女であった。しかし彼女には、少女という言葉から連想されるような儚さ、繊細さといったものは一切ない。14歳にして2m近い身長を持つ彼女のその目は8km先の車を捉え、その腕は弾丸より素早く、その腕はコンクリートの壁をも打ち砕く。彼女の全神経は、生ける者全ての息の根を止めるために研ぎ澄まされるものであり、彼女の脳はいかに効率良くそれを行うかを理解している。かのような超人を語った都市伝説では、八咫烏とも呼ばれる存在であったが、それを人の手によって創ろうとした結果招かれたのが、先に述べた通りの惨状であった。

 

 禁足地から上層、街中へと紛れ込んだ彼女を捕まえるのは容易ではない。彼女は自らの恐怖を抑圧する術を知っていたが、ひとたび刺激を加えれば八咫烏としての本能のままに、周囲を動くもの全てを害と見なし、それらが動きを止めるまで兵器の如く破壊を続けることだろう。事実、彼女を捕えようとしたニューヨーク星歌隊の者たちに追いつめられたとき、彼女は12人の星歌隊員らを3分足らずで殺害した。そんな彼女をどうして捕えることができたのか。応援としてその場に駆け付けた星歌隊員らは確かにそれを目にしていた筈であったが、何が起きていたのかを理解した者はいなかった。そのため、これは彼女本人から聞いた話となる。

 

 12人の星歌隊員らを殺害した彼女の前に現れたのは、彼女と同じか、年下のように見える一人の少女であった。小柄で華奢、人形のような服を身にまとった――いや、コロッセオの主催者、パンプキンヘッドと言ってしまったほうが、ニューヨークの住民にとっては想像し易いだろうか。何にせよ、その少女、パンプキンヘッドは丸腰であり、その容姿も、とても目の前の超人を止めようとする者の様相ではない。案の定、目にも止まらぬ速さで距離を詰めた彼女の拳は、パンプキンヘッドの頭部を吹き飛ばした、はずだった。いや、確かにパンプキンヘッドの頭蓋骨は砕かれ、辺りに肉片を撒き散らしてはいたのだが、彼女の左腕、パンプキンヘッドに接触した彼女の左腕には、潰されたパンプキンヘッドの頭部から伸びる脳のような臓器が絡みついていたのである。それらが皮膚から自らの体内に入ってくると理解した彼女は咄嗟に自らの左腕を右腕でもって引きちぎるも、引きちぎられた左腕から再び臓器のようなものは伸び、その断面から侵入した。

 

 およそ2秒の出来事となる。その身を縛られたように硬直する彼女を捕えるのは、星歌隊員らにも易いことであった。かくして彼女は厳重に拘束され、再び施設へと送られる予定であったが、彼女の体内から排出され、再び一人の少女の姿を形成したパンプキンヘッドは彼女に、二つの選択肢を与えた。一つは、このまま施設へと戻りこの島の為に使われる人間兵器となる道、もう一つは、自分の主催するコロッセオで闘獣士として見世物となる道であった。何れにしても、一人の人間としての権利の奪われた道であることに変わりはなかったが、施設に戻れば身体の自由だけでなく、思考の自由さえ奪われるであろう未来が見えていた彼女は、パンプキンヘッドの所有する檻に飼われることを望んだのである。

 

 今宵もコロッセオでは闘技会が開かれている。11年間不敗を誇る白き猛獣。その人気の古株闘獣士の正体が、埋め込まれたパンプキンヘッドの肉片という制御なくては、このコロッセオの壁など打ち壊し、逃げ惑う観客らを一瞬にして全て屍へと変えてしまう人間兵器であるということは、未だ観客らには知られていない。その白き猛獣にはビーストという名が与えられてはいたが、パンプキンヘッドは親しみを込めて、彼女をベスと呼ぶのであった。

 

bottom of page