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フランケンの屋敷

[756/06/21]
[758/09/16]

 

 フランケンの屋敷が更地となっていた。つい数週間前、彼の屋敷に武装した男ら数名が乗り込んだという話があったばかりだというのに、随分と早い解体である。武装した男らがフェニックス教会の者たちであったのか、ローマ研究所の者たちであったのか、はっきりとしたことは知られていないが、彼の情報を買っていた者たちが彼を見限り、口封じに殺したのではないかという説が強い。屋敷に残る資料や器材などの処分も含めて、屋敷ごと解体されることとなったのだろう。裏庭の墓地も、跡形なく消え去っていたが、この屋敷にまつわる噂話を知る人間であれば、例えこの広い更地がタダで売られたとしても買わないに違いない。

 

 

 グリニッチの住民らの間では有名な噂であるが、グリニッジの外れにある屋敷には、人造人間の研究を続けるフランケンシュタインが住むという。締め切られた窓は50年以上開かれたことがなく、その玄関から屋敷の主が出てきたこともないそうだ。とはいえ人の出入りはあるようで、屋敷の主が健在であることは確かであり、また、裏庭の名のない墓標が増え続けているあたり、彼のおかしな実験も続いているのだろうと人々は話している。それに加え、屋敷の主が裏庭に出ているところを目撃したという者によれば、彼は長い髪を持つ美麗な男であり、その外見は50年前から一切変わることがないのだというのだから、彼自身が人造人間なのではないかという噂が流れるのも無理はない。

 そんなフランケンシュタインの正体は、レオネル・リックマンという名の男だ。人の胎から産まれた正真正銘の人間ではあるのだが、その姿が50年前から一切変わっていないことも確かな事実である。ロンドンの学会の中でもそれなりに名の知れた学者であった彼が人の道を外れ、自らの屋敷にこもり、50年以上も人造人間の研究にばかり囚われるようになった理由は、噂の上では諸説紛々であるものの、それが一人の少女とのたった一つの約束のためであるとは知られていない。

 半人ミュルミドであったその少女メリッサと、レオネルが出会ったのは全くの偶然で、それこそ人と人とが出会うようにただ、具合が悪くなり倒れていたメリッサを彼が助け看病してやったというだけのことであった。学者であるレオネルをメリッサは初め警戒していたものの、自分が半人ミュルミドであると知ってなお、態度を変えることなく接してくる彼に心を開き、いつしか二人が過ごした時間は三年にも及んでいた。いつまでも少女の姿のままでいるメリッサの傍ら、歳を重ねていく自分に恥ずかしさと寂しさに似た感情を持ったレオネルは、自らを彼女と同じ身体になれないかと、研究に打ち込むも、そんな彼の姿を痛ましく感じたメリッサは、子供をつくろうと提案する。その子供はきっと自分の代わりにレオネルと共に歳をとってくれるだろうと願ってのことだったが、半人ミュルミドと人間との間にできた子供が正常であるはずもなく、メリッサ自身も出産時に死んでしまう。産まれた子供は半人ミュルミドであった。メリッサが息を引き取った数時間後、子供のほうもまた息を引き取り、レオネルには子供が産まれる前にメリッサの残した、もし自分が死んでしまっても、子供のことだけはどうか頼みたいという遺言だけが約束となり残されることとなったのである。

 彼は途中で投げ出していた、成長しない身体を完成させ、それを維持させるための機器に囲まれながら、50年にわたり、人造人間の研究を続けている。死んでしまった子供に、もう一度生を与えるためにはそうする以外レオネルには思いつかなかったのだ。複製され、もはやただの遺伝情報と化した子供を慈しむ彼は、近隣の者たちに気味悪がられたため、窓を閉め切り屋敷の中にこもった。身体と共に心さえ過去の時間に閉じ込めてしまったレオネルは今も、進むこともできず、諦めることもできず、ただ成果の出ない研究に没頭している。

 

 

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